銀野舎
銀野舎コラム脳出血 入院記脳出血入院記(5)2022年7月 一般病棟の人々
[2023/10/24] コラム脳出血 入院記
脳出血入院記(5)2022年7月 一般病棟の人々
 あらためて転院。
 病院の三階の一般病棟。4人部屋。僕以外は寝たきりのおじいちゃん。ここはそういう病室らしい。まぁ、僕も寝たきりみたいものだし。


 隣のベッドの人は、寝たきりでずっと横にはなっているけど眠りはせずに起きているみたいで、部屋を出入りする看護師さんや介護士さんにいつも愛想良く話し掛ける陽気なおじいちゃん。僕もたまに挨拶程度だけど話し掛けられた。内臓が悪いようでよく大便を漏らす。そして大便を漏らしても「ははは、やっちゃったよ~」なんて笑っていて、看護師さんも「もう~、また~」なんて笑いながら対応していた。雰囲気は悪くないのだけど、部屋にはずっと大便の臭いが漂っていて臭かった。 
 斜め向かいのベッドの人はほとんど一日中ずっと寝ている。たまに起きると、自分1人でヨロヨロと歩いて部屋を出て行く。徘徊癖のあるおじいちゃん。そして看護師さんに「1人で勝手に部屋を出ないで!用事がある時はナースコール押して呼んで!」と怒られながら連れられて部屋に帰って来る。いつからか足にセンサーを付けられたようで、足をベッドから降ろした瞬間に看護師さんが来るようになった。
 向かいのベッドの人は、昼間はずっと寝ている。でも夜になると起きる。完全に昼夜逆転してるおじいちゃん。夜に起きるとベッドの上でバタバタと暴れてから看護師さんを呼んで一緒に部屋を出て行く。

 ある日の夜もそのおじいちゃんはベッドでひとしきり暴れてから看護師さんを呼んだ。看護師さんは来たのだが「今日はちょっと立て込んでいてお相手ができないの。1人で静かにしていてね」と言ってすぐにいなくなった。僕はテレビを見ていて、看護師さんも忙しいよね、なんて思いながらその様子を横目で伺っていた。
 テレビを見ていると、視界の端っこに何となく誰か人がいるのを感じる。振り向くと、その人が僕のベッドの脇まで来ていた。テレビを見たいのだろうか。それにしてもここに来られるのはちょっと気持ち悪い。ナースコールを押して看護師さんを呼んでその人の自分のベッドに連れて行って貰う。そしてまたテレビを見てると、また近くに誰か人がいる。振り向くと、またその人が来てる。しかも今度は僕のベッドの柵を持って揺すりだした。ベッドに上がろうともしてくる。こりゃダメだと思い、またナースコールを押して看護師さんを呼んで、かなり強めに文句を言ったら、その人は部屋の外に連れて行かれた。
 僕とのトラブルが原因なのか分からないけど、後日、その人は部屋が移動になって出て行った。

 空いた場所にはすぐに別の人が入ってきた。寝たきりのおじいちゃんって感じではない元気な人なんだけど、自分が入院しているということを全く理解できていなかった。看護師さんが「ここがどこか分かる?」と聞いても全く見当違いなことばかり言って、毎日ずっと「会社に行く」「会社に行かせろ」「会社から迎えに来させろ」と怒っていた。そして「俺が会社に行かないからみんな困ってる!」と言いながら携帯電話をチェックするんだけどメールも電話も着信が何も無くてしょんぼりする、ということを繰り返していた。
 最初は「うるせえジジイだなぁ」と思ってたんだけど、毎日しょんぼりの繰り返しなのでだんだん可哀想になってしまった。


 部屋の外からは、奇声が聞こえる。ほぼ一日中ずっと。男性なのか女性なのか分からない。1人なのか複数いるのかも分からない。ほとんどは言葉になってない奇声なのだが、たまに明らかに「おかあさーん」や「かえりたーい」と聞こえる時があるし、般若心経のように聞こえる時もある。看護師さんが「やめなさい!」と怒ると一瞬は静かになるが、少し経つとまた再開する。ほぼ一日中ずっと奇声は収まらない。

 そんな感じで年輩の人が多い病院なので、マニュアルが完全に年輩の人に合わせた仕様になっていた。病院から何らかの連絡事項がある時は、僕にではなくて僕の親へ連絡が行く。入院している年配の人は話が出来なかったり判断ができなかったりするので、本人ではなく家族へ連絡することになっているのだろう。
 でも僕は話ができるし判断も出来る。自分のことは自分で決めたほうがいい。だから親から「病院からこんな連絡が来たよ」って連絡が僕に来る。それを見て僕がどうするか決めて看護師さんに話す。ものすごく面倒臭い二度手間。
 看護師さんに「僕に直接に言ってください」と何度も言ったのだが、この病室にいる間はこの対応が変わることがなかった。

 あと、看護師さんが話す口調が失礼なタイプのタメ口で、「どうしたの~」とか「がんばろうね~」とか小さな子供に話すような幼い感じも混ざる。どうしてだか分からないけど、年輩の人は若い人からちょっと失礼なぐらいのタメ口で話し掛けられると嬉しがる。
 その口調で僕にも話し掛けてくるのだが、僕からしたらそんなのはただただ慣れ慣れしいだけで気持ち悪くて不快。
 向こうが失礼なタメ口で話してきても僕が普通に話して対応していたら、看護師さんの口調は次第に直って普通になっていった。


 看護師さんから教えてもらったのだが、リハビリが順調に進んで自分1人で必要最低限の日常生活の行動ができるようになったら、一階のリハビリ専門の病棟へ移動するそうだ。リハビリ病棟は動ける元気な人が多いので雰囲気がこことは全然違うらしい。早くここを脱出して元気なリハビリ病棟へ行きたい。当面の目標は「一階のリハビリ病棟へ移動する」になった。

 だけど今はまだ何もできない。
 ご飯は配膳して貰ってベッドの上に座って食べる。
 トイレに行くことも出来ないので、おしっこがしたくなったらナースコールを押して看護師さんを呼んで尿瓶にする。
 ウンコは自然に出せず、数日に一度、浣腸をして紙オムツの中にする。
 他にも何かしたい時は必ずナースコールを押して看護師さんを呼ぶ。
 お風呂は、不定期だが週に一回入れる。と言っても自分で動いて入れないので、専用のベッドに寝かされたまま大きな湯船に入れられる。そして、寝かされた状態で2人の看護師さんに体を洗われる。これぞ本当のソープランド!なんて不謹慎なことを考えたりもした。体中を洗われるのだから、もちろん股間も洗われる。ヤバイことになったら恥ずかしいなぁ、なんてことも考えたが、作業として洗われてるだけなので、そんなことには全くならなかった。
 そして風呂を出たら裸のまま病室に運ばれる。服の着替えも自分ではできないので、看護師さんにしてもらう。

 寝たきりのおじいちゃんに囲まれ、自分は違うと思いたいのだが自分も何もできない。自分も寝たきりのおじいちゃんと一緒。そう思うと気が滅入っておかしくなってしまいそうだった。
コラム脳出血 入院記
 脳出血入院記(21)~2024年1月 1年経過
 脳出血入院記(20)2023年4月~ 1人で生きていく
 脳出血入院記(19)2023年3月下旬 本当の退院
 脳出血入院記(18)2023年2月~3月 ここは僕の居場所じゃない
 脳出血入院記(17)2022年11月~2023年1月 数年ぶりの実家暮らし
 脳出血入院記(16)2022年10月末 退院、そして……
 脳出血入院記(15)2022年10月下旬 ありがとう、さようなら。
 脳出血入院記(14)2022年10月 歯車が回りだす
 脳出血入院記(13)2022年10月 ラストスパート
 脳出血入院記(12)2022年10月 人生は喜劇
 脳出血入院記(11)2022年9月 人生で一番美味しいカレーライス
 脳出血入院記(10)2022年9月 日常生活に向けたリハビリ
 脳出血入院記(9)2022年9月 一時帰宅
 脳出血入院記(8)2022年8月 歩くリハビリ
 脳出血入院記(7)2022年8月 リハビリ専用棟へ移動
 脳出血入院記(6)2022年7月 一般病棟の生活
脳出血入院記(5)2022年7月 一般病棟の人々
 脳出血入院記(4)2022年7月上旬 転院
 脳出血入院記(3)2022年6月下旬 リハビリ開始
 脳出血入院記(2)2022年6月中旬 入院
 脳出血入院記(1)2022年6月上旬 脳出血