銀野舎
銀野舎小説ショートショートシンデレラ、その後
[2024/02/03] 小説ショートショート
シンデレラ、その後
 シンデレラは悩んでいた。
「この結婚は正しかったのかな?」

 あの夜の出来事を「運命の出会い」と言えば素敵だが、実際のところ、1回会っただけなのだ。
 王子はパーティーで会っただけの外見の綺麗な女に惚れるチャラ男で、権力を使って会いたい女を探すようなストーカー気質の権力依存男。冷静に考えれば、王子だという身分が凄いだけのボンボンのクズ。
 そして、シンデレラは自分で気づいていないようだが、シンデレラもなかなかのクズである。
 お城のパーティーに行って王子様に会いたいだけの夢見るミーハー女で、魔法使いが与えてくれたガラスの靴が脱げて落としてもそれを回収するより自分の身バレを隠して逃げた自己中女。
 2人は舞い上がって勢いで結婚しただけなのだ。
 クズ同士の結婚なんて上手く行くはずがない。

「名前も呼んでくれないし!」
 シンデレラは結婚直後からイラッときていた。「シンデレラ」というのは「灰かぶりのエラ」という悪口まじりのニックネームであり、本名は「エラ」。にもかかわらず、王子は彼女をシンデレラと呼び続け、やがて、シンデレラとすらも呼ばなくなった。シンデレラを呼ぶ時は「おまえ」か「おい」。王子は好きなのは綺麗なルックスだけであり、名前にすら関心がない。


 ある日、お城で王子とシンデレラの結婚祝賀会が開催された。贅沢を極めた盛大なパーティーに、各国から大勢の貴族が参加した。
 自分達の結婚祝賀会にもかかわらず、2人の心は既に離れていた。
 王子は会場内を隅から隅まで見渡して、身分や肩書にこだわらずこの場にいる全ての女性を1人残らずチェックし、綺麗な女性に声を掛けた。
 シンデレラは贅沢なパーティーを骨の髄まで楽しみ、会場内の全ての男性と会って身分や財産を聞き出した。2人とも根っからそういう性分なのだ。
 ただ、シンデレラは自分に問題があるとは思っていない。自分のことを棚に上げて、従者に王子の言動を監視させ、後から報告させていた。

 少しの日数が開いて、またお城でパーティーが開かれた。シンデレラは何のパーティーか分からない。目的には興味ない。贅沢なパーティーを楽しめるなら何でもいい。
 王子は、前回のパーティーで仲良くなった女性にまた会えるのを楽しみにしていたが、王子が仲良くなった女性は来なかった。ちょっと残念に思ったが、今回のパーティーの女性の中からまた物色すればいい。すぐにまた新しい女性と仲良くなり、王子は満足。
 しばらくして、またお城でパーティーが開かれ、またも王子が仲良くなった女性は来なかった。しかしまた物色して、新しい女性と仲良くなる。その女性は次のパーティーには来ない。
 そんなことが何回か続いて、王子は不穏な空気を感じたが、自分に直接な被害はない。こんなことではめげない。
 王子は結婚してから以前にも増してモテた。既婚者だからもう安全だと思われるのか、各国の綺麗な姫と会える機会が格段に増えた。王子はそこで優しい愛妻家アピールをし、また更にモテた。出会いはたくさんある。
 2回会えないのなら、1回の出会いを楽しめばいい。2回会わないからこそ出来ることもある。王子はこの状況をポジティブに考え、今まで以上にパーティーを楽しむようになった。


 シンデレラは結婚してから美容に手間とお金を掛けて、更に綺麗になった。身の周りのことは全て従者がやってくて、自分では何もしなくていい。肌が荒れなくなりスベスベでモチモチになった。
 各国の王や王子と会うと、誰もがシンデレラの美貌を褒め称える。シンデレラに高価な贈答品をプレゼントする人もたくさんいた。おそらくシンデレラの後ろにいるこの国の王や王子への気遣いも入ってるのだろうが、シンデレラには関係ない。目的が何でも自分が貰えるのならそれでいい。
 汚い格好で召使いのようにこき使われていたシンデレラにとっては、夢のような生活だ。シンデレラは自分を構ってくれない王子を無視して、高価な贈答品をプレゼントしてくれる男性に媚びて色目を使うようになった。

 王子とシンデレラの結婚生活は完全に冷め切っていた。2人はお互いに相手の態度を責めて喧嘩をしながらも、結婚してるからこそのメリットを手放したくなかったので、結婚生活をしばらく続けた。
 だが数年後、2人はそれぞれ「本当の運命の出会い」の一目惚れをして、離婚することになった。対外的なイメージを保つ為に、お互いに全く何も口外しないことを条件に、めでたく円満離婚した。


 離婚後、シンデレラは一目惚れした男性を追い掛けて国を渡った。
 男性は遠い国の王様で、既に結婚して王妃がおり、産まれたばかりの娘もいた。王様がシンデレラに会ったのは一回だけで、シンデレラに好意を全く持っておらず、勘違いをさせるような素振りも全く見せなかった。だが、その素っ気ない態度が逆にシンデレラの恋心に火を着けた。そして何より、とにかくイケメンで、とにかくお金持ちだったので、シンデレラは一目惚れした。
 シンデレラは一回会っただけの王子と結婚した実績がある。私ならあの王様も落とせる、という謎の自信があった。
 シンデレラがその国に渡ってから数日後、王妃が不慮の事故で亡くなった。シンデレラは王妃の葬式に紛れ込み、それをきっかけにして王様に近寄り、自分の美貌とあらゆるテクニックをフル活用して、王様と再婚した。

 シンデレラは王妃となり、贅沢三昧の暮らしを楽しんだ。
「やっぱり王様よね。王子は所詮、王子。あの王子はつまらなかった。王様の最高権力を使える王妃最高!」
 先妻が残した娘を邪魔に思ったりもするが、まぁ放っておけばいいだろう。王妃である自分が付きっきりで世話をしなきゃならないわけでもない。あの王子が使っていた手法を真似しよう。周りに人がいる時だけ娘に愛想良くしていれば、血のつながっていない義理の娘にも優しく接する美しい王妃として自分の評判を上げるのに利用できる。


 ある日の夜、シンデレラが寝室で休んでいると、突然、目の前に光の渦が現れた。
「ん?」
 シンデレラがその渦から目を逸らせず凝視していると、渦が大きくなり中から誰かが出てきた。
 シンデレラは驚いたが、その人を見て、笑顔とも泣き顔ともつかない顔で喜んで迎え入れた。
「あぁ!お久しぶりね!あなたは全く変わらないわね。元気だった?」
「そうね、久しぶり。シンデレラはすっかり変わってしまったのね」
 その人は、あの夜にシンデレラに魔法を掛けた魔法使いだった。シンデレラは魔法使いに言われたことを誉め言葉として受け取った。
「そうなの。私は変わったわ。あなたのお陰で変われたの。あなたには本当に心から感謝しているわ。ありがとう」
 魔法使いは苦虫を噛み潰したような顔で聞いてる。
 シンデレラはそれに気づかず、饒舌に喋り続ける。
「そうそう、すっかり遅くなったけど、お礼をしたいわ。あぁ、そうか。ごめさないね気付かないで。お礼を貰いに来たのよね。私が王妃になってからお礼を貰いに来るなんて、あなたも欲張りねぇ。いいわよ。何でもあげるわよ。何が欲しいの?」
 シンデレラはニコニコ笑顔で魔法使いに聞いた。
 魔法使いは静かに声を絞り出した。
「残念ね。こんなことになるなんて。残念」
 予想とは違う返答がきて、シンデレラは驚いた。
「え?残念?何が?」
「私がシンデレラを魔法で助けたのは、こんなことの為じゃないわ」

「何を言ってるの?あなたが助けてくれたから、私は王子と結婚できた。そして今は王様とも結婚できて王妃になれた。あなたのお陰よ。本当に感謝しているの。嘘じゃないわ。こんなに豪華なドレスを来て、綺麗なメイクをして、魔法を使わなくてもこんなに美しくなれたわ」
 シンデレラはその場でぐるっと一回りして、ドレスを優雅にふわっと広げて、顔を可愛く傾げた。
「ほら。美しいでしょ。どう?」
 魔法使いはそれを振り払うように首を横に振った。
「今のシンデレラは全く美しくない。可哀想な醜い灰かぶりのエラ」
「はぁ?」
 シンデレラは魔法使いを睨みながら一歩踏みこんで手を振り被ったが、その瞬間、魔法使いは手に持った杖を差し出し、魔法でシンデレラを拘束して押さえ込んだ。
「可哀想なエラ。帰ろう。エラがこうなってしまったのは私にも責任がある。私と一緒に帰ろう。エラの故郷で暮らそうか。故郷に帰りづらいのなら、自然豊かな田舎に家を建てようか。そして、昔の美しいエラに戻っておくれ」
 魔法使いは子供を諭すように優しく語り掛けた。
「痛い、痛い、分かった。分かったから。痛い」
 シンデレラの歪んだ顔を見て、魔法使いの力が一瞬だけ緩んだ。
 その瞬間、シンデレラは魔法の拘束を跳ね飛ばした。
「ババアこの野郎!痛い!うるさい!私がどうしようと私の勝手だ!あの夜だって中途半端な魔法をかけやがって!中途半端な無能め!あの日からお前には腹立ってたんだよ!帰るもんか!ババアがどっか行け!邪魔だ!」
 欲望にまみれたシンデレラは魔法を凌駕するほどの邪念を纏っていた。
 シンデレラは大地が果てしなく枯れるような絶叫をしながら血溜まりのような真っ赤な目で魔法使いを睨みつけた。シンデレラの身体から真っ黒な稲妻が解き放たれ、魔法使いを貫いた。
 魔法使いは灰になって吹き飛んだ。


「はぁ、はぁ、はぁ。うるさいバアアめ。ざまあみろ」
 シンデレラは息を切らしてその場に座り込んだ。
 少し落ち着いてきて部屋の中を見渡すと、隅に小さい光の渦が浮いていた。
「これって、確か……」
 シンデレラは光の渦に近づき、指で突いてみた。光の渦がブルッと揺れて、少しだけ広がった。腕を差し込むと、光の渦は大きく広がり、自分の身体も通るくらいの大きさになった。
 シンデレラは光の渦に飛び込んだ。

 光の渦の向こうは、どこかの家だった。状況から察するに、あの魔法使いの家だろう。
 家の中には色んな道具が置いてある。壁には色んな杖が立て掛けられていて、棚には色んな色の瓶が並べられている。興味は湧くが、間違った使い方をして爆発でもして巻き込まれたら嫌だ。
 シンデレラは、魔女の家を物色して、使えそうなものだけ自分の部屋に持ち帰った。

 魔法使いの道具の中には、豪華な飾りつけの大きな鏡があった。シンデレラはその鏡をとても気に入り、毎日いつも同じように鏡を見て、毎日いつも同じように問いかけた。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰?」
「はい。世界で一番お美しいのは、女王様です」

 だがある日から、鏡の答えが変わった。
「やがて女王様より美しくなる姫がいます。それは、貴女の娘です」

 娘の名は、「白雪姫」。
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