銀野舎
銀野舎小説ショートショート電車は地動説か?
[2024/01/31] 小説ショートショート
電車は地動説か?
 かつて人類は、空にある太陽や星が動いており、地球は止まっていると思っていた。これが「天動説」。
 その後、動いているのは地球のほうで、空にある太陽や星は止まっていることが判明した。これが「地動説」。
 さて、ここで問題である。私が乗っているこの電車は、「天動説」か?「地動説」か?どちらが正しいのか?


 私は50年以上、電車で通勤していた。若い頃は仕事で疲れてしまい電車の中では寝てばかりいたが、最近はようやく余裕が出来て、ゆっくりと外の景色を眺められるようになった。しかし余裕ができたお陰で大きな疑問が湧いてきた。動いてるのは、電車か、外の景色か、どちらだ?
 世間では、電車自体が動いている「地動説」が有力らしく、私も若い頃は特に何の疑問も持たずに世間の多数派に流されていた。しかし果たして真実はどうなのだろう?
 私は電車の中に座っており、動いている感覚は全く無い。そして、窓から見える景色は動いている。外の景色が物凄いスピードで動いていくが、電車の中にいる私は止まったまま。つまり、私が目にしている光景、私が体験している状況、などをそのまま素直に受け入れると、外の景色が動いている「天動説」が正しいと考えるのが普通だろう。
 だが、私は普段の生活の中で、電車が走って動いているのを見たことがある。だから、私が乗っている電車も同様に動いているとする考え方もあるだろう。とすると、電車自体が動いている「地動説」が正しいという結論になる。


 しかしここで、とてもさりげない事実で、しかしながら非常に重要な事実を見落としていたことに気付いた。
 私は、動いている電車に乗ったことはない。どんなに記憶を辿っても、一度もない。私はいつも駅のホームに止まっている電車に乗っていた。50年以上のサラリーマン生活で、動いている電車に乗ったことは一度もない。電車は動いていない。電車は止まっている。
 そして、私は自分が乗っている電車が動いてるところを客観的に見たことはない。他の電車が動いているところを見たとしても、それはあくまでも他の電車だ。私が乗っている電車が動いてるという決定的な証拠にはならない。
 なるほど。答えは出た。今日はすぐに電車を降りて家に帰ろう。


 男が帰宅すると、笑顔の妻が出迎えた。
「おかえりなさい。今日も楽しかったですか?」
「今日はとんでもない発見をしたぞ!」
「はいはい。何を発見したのですか?」
 妻は優しく聞いてあげる。男は興奮して捲し立てる。
「電車は動いてない!電車の外の景色が動いてるんだ!電車は「天動説」が正しかったんだ!」
「はいはい。そうですね」
「これは凄い発見だ!論文を書いて発表しよう!」
 男は足早に書斎へ向かった。妻は小さな声でつぶやいた。
「毎日通うくらい楽しいのね。電車ミュージアムの中の乗車体験コーナーって。どんな綺麗な景色の映像が流れてるのでしょう」
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