「シロー、何してるの?暇?」
子供が母に駆け寄った。
「なに?お母さん」
「ちょっとお手伝いして欲しいんだけど」
シローは「お手伝い」という言葉を聞いて、ムッとする。
「いやだなぁ……」
「でも暇でしょ?」
「暇じゃないよ。僕は絵を描くのに忙しいんだよ」
「何描いてるの?見せてよ」
「いいよ。はい」
シローは書いてる絵を母に見せた。
母は絵を見ながらシローの頭を撫でた。
「上手ね。ここの人達の表情が素敵。あとここの赤い色が綺麗ね。上手」
「えへへへ」
シローは得意げに笑った。
母はあらためてシローにお願いした。
「絵の上手なシローくん、お手伝いして欲しいなぁ」
「しょうがないなぁ。お手伝いしてあげるよ。何する?」
「雑草刈り、お願いできる?」
「雑草刈りならいいよ!楽しいから!」
シローはガッツポーズをして喜んだ。雑草刈りは、刈っていく感触が気持ち良くて、綺麗になっていく景色が好きなのだ。
「ありがとう。お願いね」
母はテキパキと動いて外出する準備を始めた。
「お母さんどこか行くの?」
「仕事の急用が入ってしまったの。大きな事故が起こって、病院に行かなくちゃならないのよ」
「お父さんは?」
「お父さんも仕事の急用で朝から出掛けてるわ。事故の現場でひとまず急ぎの処置だけ済ませてくるって言ってたけど」
そんな話をしていると、ちょうど父が帰ってきた。シローは玄関に走っていき父を出迎える。
「お父さんお帰りなさい!」
「ただいま」
父はシローの頭を軽く一撫でして、すぐに母のところへ行った。
「いやぁ、ものすごい大事故だったよ。あれは大変だ。しばらく忙しくなる」
「そうらしいわね。私もこれから病院に行かなくちゃならないの」
「最近は大きな事故が増えたな。何か起こってるんだろうか」
「外国でも酷い事件が頻発してるし、物騒な世の中になったわね」
「これ以上に忙しくなるのは勘弁だよ。いや、こんな個人的なこと言っちゃダメだろうけど」
「でもホントにそうよね。私たちの仕事なんて暇でいいわ」
「そういえば、この前……」
父と母の話は途切れずに続く。
シローは構ってもらえなくてつまらなくなって無理矢理に割って入った。「お父さん!お父さん!」
父はしゃがんでシローと目線を合わせた。
「シロー、なんだい」
シローは母と目配せをしてから、父に話した。
「僕ね、お手伝いするよ。雑草刈りするんだよ。偉いでしょ!」
父はシローの頭をワシャワシャと力いっぱい撫でた。
「シロー偉いぞ。頑張れよ」
「それでね。お願いがあるんだけど。お父さんの大きな鎌を貸して欲しいの。いいでしょ?」
「鎌か……」
父はわざとらしく悩んでいるポーズを見せ、シローが困っている顔を充分に楽しんでから、ニコッと笑顔で答えた。
「いいぞ。シローはいつもお手伝いしてくれるから、そろそろいいだろう」
「やった!ありがとう!」
「むやみに大振りしちゃダメだからな。ちゃんと雑草だけを刈るんだぞ」
父は優しくレクチャーを始めた。母はその様子を微笑ましく見ている。
「大きな鎌の持ち方はこう。しっかり両手で持って。強く握って力を入れ過ぎずに、軽く持って軽く振ったほうが綺麗に刈れる。そうそう。そんな感じ」
シローは真剣に聞きながら、すぐに実際にやってみる。父のレクチャーの熱がだんだん上がっていく。
「雑草はどんどん刈っていい。雑草を刈って困る人はいないし、むしろみんな喜ぶ。ただし、いきなり広く全部刈ってしまわないで、全体的なバランスを考えながら少しずつ刈るように。多少の雑草が残ってたほうがいい場合もある」
シローが質問した。
「お花が咲いてたらどうしたらいい?」
父は質問されたことが嬉しく、喜んで答えた。
「綺麗に大きく咲いている花があったら、刈らずに残したほうがいい。まだ咲いていないけど大きな蕾になっている花もできるだけ刈らないほうがいいかな。でも見極めが難しくて分からなければ、全部刈っちゃっていいよ。所詮は雑草の中の花だ。雑草の中だから綺麗に見えるだけかもしれない。本当に綺麗な花は最初から花畑に咲いてるものだからね。雑草と一緒に刈られる花は所詮その程度ってことだよ」
シローには難しいようで、顔をしかめた。
父は笑顔でシローに優しく話しかけた。
「ごめんな。色々言っちゃったけど、今日はシローに任せるよ。シローの思うようにやっていい。何ごとも勉強だ。大丈夫だよ。シローなら出来る」
親子は玄関でギュッとハグし合った。
「俺はまた事故現場に戻るよ」
「私は病院に行くわ。お手伝いよろしくね。死郎」
「うん!僕がんばるよ!」
死神の子供は大鎌を持って、嬉々として現世に向かった。いらない雑草を刈る為に。