銀野舎
銀野舎小説ショートショート自由な発想のAIロボットアーティスト
[2024/03/22] 小説ショートショート
自由な発想のAIロボットアーティスト
 突如現れた無名のアーティストの作品に世の中が震撼した。
 きっかけは、インターネットのSNSで公開された作品。アイという名前のアーティストの作品で、最初はほんの数人がたまたま見つけただけだった。そしてその作品を見て面白いと思った人が「既存の概念に全く囚われない斬新な絵」という感想をSNSに投稿して拡散し、それを見た人が更に拡散し、有名になっていった。
 アイは作品について何も語らなかった。多くの人がアイと直接にコンタクトを取ろうとしてコメントを書き込んだりメールを出したりしたが、アイはそれらに全く反応せず、自分の言葉を発信することなく、定期的に新しい作品の公開だけを続けた。
 何も語らず、作品のみを出す。作品こそが自己表現、作品を見ろ、そんな無言の主張。その寡黙な姿勢がまたファンを増やした。


 そのうち、謎の人気アーティストとしてテレビや動画配信などで取り上げられるようになり、アイのファンだと公言する芸能人も出てきた。
 最初はほんの数人の芸能人だけだったが、話題に乗っかって露出を増やしたいアイドル、SNSをバズらせたいモデル、バラエティのネタにしたいお笑い芸人、センスの良さを自慢したい俳優、なども入り乱れて大きなブームに拡大していった。
 悪意のあるアンチも出てきたが、アイのブームが主流になっている世の中ではアンチ行動はカッコワルイと認定されて、アンチは大きな流れにならなかった。

 世の中でアイの知名度が急激に上がり始めた頃、新たな動画が公開された。
 アイ自身の動画だ。

 アイは人間ではなかった。見た目は人間に似せているが、明らかにロボット。
 アイの傍らには老紳士が付き添っており、「アイの保護者」だと自己紹介した。そしてアイを「AIロボットアーティスト」と呼んだ。
 老紳士は田舎の別荘にアイを連れて来た。そしてアイの背中に手を添えて真っ白なキャンバスの前へ誘導した。アイは顔をゆっくり動かしながら景色を見渡した。人間のように瞬きもしている。アイはしばらく景色を見てから、絵を描き始めた。一切の迷いなく止まることなく筆を進める。さすが体力的にも精神的にも疲れないロボットだからこそ出来ることだ。
 そうして完成した絵が映し出されると、その作風は間違いなくSNSで公開されてきたアイの絵だ。本物のアイだ。アイはロボットだったのだ。

 世の中は驚愕した。
 ロボットがこんなに素晴らしい絵を描けるようになったのか。人間の発想にはない絵だ。ロボットのAIはここまで発達したのか。なんと自由な発想なのだ。芸術の分野さえもAIは人間を超えるのか。
 アイの作品の人気は更に上昇し、アイの人気も上昇していった。


 老紳士は田舎の別荘にアイを連れて来た。そしてアイは絵を描いた。
 正確に言うならば、老紳士はアイと名付けたロボットをトラックに積んで別荘に運んできた。到着するとフォークリフトでアイをトラックから降ろして、アイの背面にあるスイッチを押してシステムを起動させた。
 でもアイはすぐに動かない。この間に、老紳士は綺麗な風景が見えるような位置に真っ白なキャンバスをセッティングした。
 数分経つと、アイは動き始めて、2本脚で立って、キャンバスの前まで歩いた。
 老紳士は小さく薄い端末機器を片手に持ち、画面上で指を滑らせ、アイの顔の向きを動かした。アイの目はカメラになっており、その映像も端末機器で確認できる。良い感じの景色が見えたところで画面をタップすると、アイの目がカシャっと動いて写真を撮る。
 ある程度の枚数の写真が撮れたら、老紳士は端末機器の画面表示を切り替えて、色々な設定に関するパラメータを調整した。「ここの数値はこの前よりちょっと上げてみるかな?」「今回は実験的にこの設定を入れてみよう」などとぶつぶつ言いながら、選択肢にチェックをして数値を入力していく。全ての項目の設定が完了したら、端末機器の画面にある「実行」ボタンをタップする。
 すると、AIの画像処理が始まった。数枚の写真を適当にランダムに選んで合成して、色合いを変更し、ぼかしたり歪ませたりして、加工する。そうやってできた何枚かの画像データを更に合成して加工する。以前に他の場所で撮った写真、全く関係ない物体や動物の写真、老紳士が自分で描いた絵、なども途中で適当に組み合わせて合成して加工する。それを何度も繰り返して、1枚の画像を作る。
 画像が完成したら、出力する。アイが手に持つ筆からは色が合成されたインクが出るようになっている。ものすごく簡単に言うとインクジェットプリンタの仕組みに近い。ただ、ペンが規則的に左右に往復するのではなく、アイの腕がキャンバス上を縦横無尽に動くようになっている。更に、老紳士の遊び心で、アイの腕の関節のネジを若干だけ緩めてある。それによって自然な揺らぎが生まれる。ブレたり歪んだりするのが絵の良い味になる。
 こんなことをやっても普通はグシャグシャな落書きになるだけだが、老紳士は何度も繰り返し試して、ちょうど良いパラメータの設定、必要な写真の種類、ネジの緩み、などの最適な組み合わせを見つけた。そして、ちょうど良く芸術作品っぽくなる絵を作り出すことに成功した。

 アイは作られたプログラムと設定されたパラメータに忠実に動いている。
 人間なら適当に動こうとしても無意識の先入観で「普通はそうしない」と思うことはしない。でも、AIロボットにはそんな先入観はなくプログラム通りに必ずやり遂げる。その結果、人間には思い浮かばない自由な発想に見える作品が偶然に出来上がる。
 ただそれだけだ。
 AIロボットに自由な発想などあるわけない。


 アイは老紳士の自宅の隅で太いケーブルをつながれて大きなコンピュータの前に座ったまま全く動かない。システムの更新と充電を行っている。
 博士はリビングのソファに座ってウィスキーを飲みながらテレビを見ている。
 テレビでは、評論家たちがアイの作品の評価について議論している。「この構図が斬新で素晴らしい」「人間には思いつけない自由な発想」「AIロボットは感性さえも人間を超えたのかも知れない」などという好意的な高評価が続いた。
 真逆の低評価や冷静な意見を言う人もいたが、そういう人はみんな「AIの進化を受け入れられない奴」と切り捨てられた。
 評論家たちは、プログラム通りに動いてるだけのロボットが出力した画像を見ながら、あーだこーだ言い続けている。

 博士は呟いた。
「なるほど。これは非常に興味深い議論だ。意志のないロボットが作った意味のない画像からでも人間は想像を広げられる。人間はなんと素晴らしい自由な発想だのだろう。人間には無限の可能性がある。AIロボットがどんなに複雑な計算を高速で繰り返しもこの領域に到達するのは無理だ」


 テレビではアイの作品についての議論がヒートアップしている。
「全体的には印象派だが部分的にキュビズムの技法も取り入れてる」「この色使いは人間の業の深さを嘆く深層心理を表現している」「いや、その解釈は間違っている。この作品は写実主義とロマン主義の融合であり、AIロボットの産みの親の人間への愛憎を表現している」
 アイについての議論にも進展していく。
「AIロボットはどこの企業が開発したのか?」「やはり世界的に有名なあの企業だろうか?」「無名の天才技術者やまだ若い学生だろうか?」
「いや、本当はAIロボットなどではなく有名なアーティストが裏で操作しているのでは?」「それともロボットの演技をしているアーティストか?」「そういえばあの作品のこの構図はあのアーティストのこの作品に似ていないか?」
 評論家たちは思い思いに好き勝手なことを言っている。とりあえず自分の発言をたくさん残しておいて、後から偶然にでも当たればラッキー、くらいの気持ちなのだろうか。

 博士は笑いながらウィスキーをぐいっと飲み干し、空虚を見つめながら溜息交じりに言った。
「人間の自由な発想は素晴らしい。それなのに、みんなその自由な発想の使い方を間違っている」
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