新紙幣、と言っても20年目、前回の新紙幣(もう今となってはひとつ前の旧紙幣)が発行された時の思い出。
その頃、僕はパソコンスクールで働いて、講師をしていた。
会社の業務をパソコンのWORDやEXCELで行うのが当たり前になってきて、インターネットが一般家庭に普及してきた頃だった。
会社の業務で必要になって勉強しなければならない人、就職や転職の為に新しいスキルを身につけたい人、個人的な趣味でパソコンをやりたい人、等々、色んな人がいて、多い時には1日に百人以上が受講生として通ってきていて、大きい教室では20人以上の受講生が一緒に講習を受けていた。
新紙幣が発行されて数日後、会社に新紙幣が来た。事務所の中で社員みんなで回して見てひとしきり盛り上がって、自分が担当している講習の時間に新紙幣を借りて持っていった。
そして、授業の冒頭の雑談として新紙幣を出して、今度は受講生みんなが回して見て盛り上がった。
そうしていると、受講生の一人が言った。
「お札はコンビニのコピー機に防止機能が付いていてコピー出来ないらしいじゃないですか。パソコンのスキャナーはどうなんですか?」
出来る、出来ない、と大騒ぎになり、「それじゃあ実際にやってみよう」ということになった。
会社の備品のスキャナーを持ってきてパソコンにつなぎ、お札をスキャンしてみる。
ありゃ。
スキャンできちゃった。
防止機能とか何もなく普通にスキャンできちゃった。じゃあこの流れで印刷もしてみよう。
そのまま印刷して何らかの犯罪になると困るので、画像編集ソフトで加工して明らかに分かる印をつけてから、家庭用のインクジェットプリンターで印刷してみる。
ありゃりゃ。
印刷もできちゃった。
やっぱりまた防止機能とか何もなく普通に印刷できちゃった。
ただ、印刷の質とか、紙の質とか、明らかに本物のお札とは違う。誰も騙されない。ニセ札にもならない。
パソコンのスキャナーとプリンターがあればコピーできなくはないけど、明らかに違う。防止機能を付けるまでもない。実質的に複製不可能。
ということが分かったところで実験終了。
なんだかんだで1時間の講習時間も終了。
この時、僕が心の中で思っていた正直な気持ち。
「いえーい。講習やらずに雑談だけで1時間終わった。楽だったなー。ラッキー!」
講習をやらなかったことについての多少の罪悪感もあった。でも、受講生の中にはスキャナーを使ったことのない人もいたから、スキャナーでスキャンして印刷する、という一連の作業をしたことはパソコンの講習の一環にはなってる、と自己弁護して正当化した。
この出来事を事務所で他の講師の社員に話して共有した。
パソコンスクールでは学校の時間割のように講習のスケジュールが決まっていて、いつくもの教室で何人もの講師が色んな科目の講習を行っている。
この日のほとんどの講習は、お札をスキャンして印刷できるか、の実験だけで時間を潰して終わった。
そして1日の最後に講師みんなで「いやー、今日は楽だったねー」なんて言い合って笑った。
パソコンスクールは受講料をいただいてやっている仕事であり、雑談だけで1時間潰したというのは何もしないで1時間分の授業料を騙し取ったようなものだ。後で考えると、とんでもない行為だ。
でも当時に講師をやっていた社員はみんな若く、真面目に仕事に取り組まず、時間やお金の大切さを理解できていなかった。
新紙幣が発行されるということで、そんな若かりし頃の馬鹿な行為を思い出した。